腸管出血性大腸菌感染症(原因菌の解析)

本年4月に富山県を中心として発生した焼き肉チェーン店による集団食中毒事件では、181人の患者を出し、5人の方が亡くなりました。
この食中毒事件の原因菌の分析を進めている富山県衛生研究所細菌部の綿引研究員は、去る25日に開催された同研究所の研究成果発表会で、「原因菌として分離された菌の毒性は、過去の例と比べて、特に強いということはなかった」と発表しました。
この食中毒事件では、腎臓障害などを引き起こす溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症した重症者は32人と全体の17.6%に上り、1996年に大阪府堺市を中心として10000人を超える患者が発生し8名が死亡した集団食中毒事件でのHUS発症率1.3%と比べると極めて高いのが特徴で、この重症化率の高さの原因の解析に大きな関心が集まっていました。
事件発生直後は、この高い重症化率の原因として、強い毒素を作るタイプや毒素を作る量が多いタイプの菌である可能性が指摘されてきましたが、綿引研究員によると、患者から検出された菌を分析した結果、過去の複数の例と比べ、毒性が強いわけでも、毒素を作る量が多いわけでもないことが明らかになりました。
今回の重症化の原因としては、菌の摂取量が多かった可能性があるのではないかとし、さらにO111に加えてO157という二種類の腸管出血性大腸菌が感染したことも関係があるのではないかと考えられるとし、今後一層の解析が必要であるとしています。
同研究所は来年1月、新型の遺伝子解析機器を導入し、今回の食中毒事件の原因菌の解析に活用する予定でいるとのことですので、さらなる成果の発表に期待したいものです。

腸管出血性大腸菌感染症(追補)

日本感染症学会は、大腸菌O157、O111関する一般向け解説を作成し、ホームページで公開しました。
http://www.kansensho.or.jp/topics/110608_o157.html
大腸菌の特徴、毒力の強弱、ベロ毒素、感染経路、これまでの流行例、食中毒が発生しやすい時期、感染した際の症状、溶血性尿毒症症候群(HUS)、検査法、治療、感染の予防方法など多岐にわたる項目について簡潔にまとめてあります。

腸管出血性大腸菌感染症(予防法)

細菌に汚染された食品は、ごく普通に流通していますので、これらの食品を摂取しても食中毒にならないようにするための予防処置が、最も重要になります。
厚生労働省は、食中毒予防の三原則は、「食中毒菌を付けない、増やさない、やっつける」として、様々な情報を提供しています。
家庭でできる食中毒予防の6つのポイント
食品をより安全にするための5つの鍵

腸管出血性大腸菌感染症の場合、原因食品が肉類であることが多いことから、肉を調理する時は、生肉のまま摂取しないで、必ず加熱することが肝要となります。今回の富山県をはじめとする焼肉チェーン店で発生した集団食中毒では、生肉のユッケが原因食品であると考えられています。加熱の目安は、肉の中心部の温度が最低75℃で1分間以上の調理するように求められています。
また、なるべく加熱直後に食べることです。加熱調理で大部分の菌が死んだとしても、もし一部の菌が生き残っていると時間の経過とともに再びう増殖し始めるからです。
食品だけでなく、調理器具であるまな板、ふきん、手などを介した2次汚染の可能性にも十分注意して、これらは消毒や水洗い等で常に清潔を保たなければいけません、。
加熱調理ができない生食用の野菜などは、流水でよく洗い、できるだけ汚染している菌を洗い流すことが必要です。ただイクラの醤油漬けが原因食品であった例もあるように、加熱も水洗もできない食品が汚染している場合には対応のしようがありません。
一般の食中毒原因菌の場合は10万~100万個以上の菌を摂取しないと食中毒は発症しませんが、腸管出血性大腸菌の場合50個程度で発症すると考えられています。このためふつう食中毒は人から人へ伝染することは少ないのですが、この菌は伝染する可能性があるので注意が必要です。たとえば、患者が触ったドアノブに触れた手で調理をした場合に二次感染が起きている例もあります。

腸管出血性大腸菌感染症(食品汚染状況)

腸管出血性大腸菌感染症は、菌に汚染された食品を摂取することによりおこります。
この菌は、牛の正常便の21%・下痢便の45%から検出されたという報告もあるように、牛が主たる感染源であることには間違いがないと考えられています。
潜伏期間が長いことから、原因食品を特定することが困難なことが多いのですが、いままで判明した原因食品としては、牛肉(ステーキ肉・ミンチ肉・レバー)、ハンバーガー、ローストビーフなどの牛肉類のみならず、未殺菌牛乳、ターキーロール、飲料水、乳児用プール、野菜、ヨーグルト、リンゴサイダー、イクラ醤油漬けなど多岐にわたっています。
また、湖で水泳をした学童に発症していることはこの菌は極めて少量の菌で発症することを示して、50個の菌を摂取すれば発症するのではないかと考えられています。また、このように少数の菌で感染が成立することが、汚染食品を摂取するだけでなく、ヒトからヒトへ伝染が起きる要因とも考えられています。実際、昨年発生した腸管出血性大腸菌感染症の集団発生事例の多くは食品の直接摂取ではなく、ヒトからヒトへの感染で発生しています。
しかしながら、流通している汚染食品を喫食することが最も根源的な感染の初発ですので、厚生労働省は毎年、市販の食品について食中毒菌汚染実態調査を行っています。驚くべきことは、ごく普通に流通している食品中から食中毒菌が高頻度に検出されていることです。腸管出血性大腸菌の検出例も平成22年度は急上昇しています。
このように、汚染食品はごく普通に流通しているということは、それらの食品を摂取しても感染を引き起こさないようにする予防法が最も重要であるということになります。

腸管出血性大腸菌感染症(患者発生動向)

腸管出血性大腸菌感染症の発生状況は、国立感染症研究所が、腸管出血性大腸菌感染症発生状況(速報) として、毎週速報していますが、このほかに感染症情報の収集・集計および解析等を専門におこなっている、国立感染症研究所感染症情報センターが、IDWR(感染症発生動向調査 週報)IASR(病原微生物検出情報 月報)の二つの形の感染症サーベイランスを発表しています。
IDWR(Infectious Diseases Weekly Report)は、“感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律”(感染症法)に基づき、感染症法に規定された疾患の患者が、全国でどのくらい発生したのかを調査集計し、過去のデータとの比較なども提供しるものです。
IASR(Infectious Agents Surveillance Report)は、全国の地方衛生研究所と検疫所から送られる最新の病原体検出報告に基づき作成されるグラフ・集計表および速報記事と、定期刊行物である月報に掲載される特集・国内情報・外国情報記事を公表しています。
腸管出血性大腸菌感染症に関する年次レポートは、毎年5月頃にこのIASRの特集に掲載されますが、昨年度の発生動向は本年5月号に特集掲載されています。
これらの定期的な情報とは別に、今回の富山県を中止とする焼肉チェーン店における事件のような社会的影響が大きい事案については、厚生労働省富山県などが個別に事件の進行状況を公表しています。

本年5月号に掲載されている2010年(平成22年)の腸管出血性大腸菌感染の報告数は、有症者2719例・無症状保菌者1416例の合計4135例で、このうち不幸にも5例で死亡となっています。
季節的には、夏場に感染報告数が増加する傾向があります。
また例年同様、有症者の割合は男女とも若年層と高齢者で高い傾向を示しています。
分離検出された腸管出血性大腸菌のO血清型は、O157が69%と最も多く、ついでO26が17%、O103が3.1%となっています。
HUS症例は92例で、有症者に対する割合は、3.4%で、死亡例5例のうち3例がHUSを発症していました。
HUS92症例中56例で、詳細な解析がなされていますが、主要な症状として、血性でない下痢(91%)、血性下痢(88%)、急性貧血(84%)、血小板減少(75%)、血尿(82%)、蛋白尿(86%)、クレアチニン値上昇(77%)となっています。また、6例に脳症が報告されています。

腸管出血性大腸菌感染症(病原因子)

 病原菌が生体に侵入・定着し、ついで増殖した状態を感染といい、この結果自覚的あるいは他覚的に何らかの器質的・機能的障害が引き起こされた場合を、感染症が発症したと定義されています。このように菌が感染し感染症を引き起こしていく過程で、病原菌が発揮する性質のことを病原因子といいます。
 腸管病原性大腸菌の主な病原因子には、定着因子とベロ毒素およびヘモリジンがあります。このうち定着因子とベロ毒素の遺伝子は染色体上にコードされていて、エンテロヘモリジンの遺伝子はプラスミド上にコードされています。
 定着因子ですが、腸管出血性大腸菌の場合、EPECの持つBFP(束形成性線毛、Bundle forming pilus)のような線毛遺伝子はいまだ不明ですが、第3ステージで発現する、細菌の外膜タンパクのintiminをコードする遺伝子が染色体上に見つかっていることから、腸管出血性大腸菌もEPECと同じように、attaching and effacing lesion(付着と退縮)と呼ばれる3つのステージからなる機序で腸管粘膜に定着すると考えられています。
 プラスミド上にコードされているエンテロヘモリジンは尿路感染症を起こす大腸菌が産生するヘモリジン(タンパク質性の溶血毒)とよく似ていますが、腸管出血性大腸菌の場合その病態との関係はよくわかっていません。

 腸管出血性大腸菌の最も重要な病原因子は、その病態の主役であるベロ毒素です。
 ベロ毒素には、志賀赤痢菌の産生する志賀毒素と分子構造が全く同一のVT1と、生物学的性状はVT1と類似しているが、免疫学的・物理学的性状が全く異なるVT2の2種類があります。ベロ毒素は毒素活性の本体であるAサブユニット(active subunit)と毒素が細胞表面に付着するためのBサブユニット(binding subunit)からなる A-B毒素で、その構成比はAサブユニット1分子に対してBサブユニット5分子です。
ベロ毒素構造(山田歯科医院)
 ベロ毒素は、ベロ毒素はBサブユニットを介して細胞膜上のGalα1-4Galβ1-4Glucoseceramide(グロボトリオシルセラミド、Gb3)という糖脂質と結合します。Gb3は、血管内皮細胞に多く、特に大腸・腎臓・脳の血管内皮細胞が傷害されやすく、それぞれ出血性大腸炎・HUS・急性脳症が引きこされると考えられています。
細胞に付着後、Aサブユニットが離れて細胞内に侵入し、毒性を発揮します。この毒性は、強力な植物毒素であるヒマ種子のリシンと同じのRNA・N-グリコシダーゼ活性であり、真核生物の60Sリボゾームを構成する28SリボゾームRNAの5’末端から正確に4324番目のアデノシンのN-グリコシド結合を加水分解します。この結果EF-1依存性アミノアシルtRNAがリボゾームに結合できなくなり、その結果、タンパク合成が阻害されて細胞を死に至らしめます。(EF:elongation factor)
ベロ毒素作用機序(山田歯科医院)
      A:アミノアシルt-RNA  P:ペプチジルt-RNA
 ベロ毒素は、65℃、30分で安定、100℃、2分で失活するとされています。
 VT1のベロ細胞に対する細胞毒性を1とするとVT2のそれは約1.3倍、VT1のマウス致死活性を1とするとVT2のそれは約30倍とされていることから、VT2のほうが毒素活性が強いと考えられていますが、ヒトの体内での毒性の差異はよくわかっていません。
 ベロ毒素を産生する大腸菌の血清型は現在わかっているだけでも60種類以上ありますが、検出頻度的にはO157が最も多く約60%以上を占めています。また、ベロ毒素産生はVT1とVT2の両方を産生する割合が最も多いのですが、いずれか一方だけしか産生しない菌もあります。毒素産生能と、病気の重篤度との関係は判然としていません。
 今回の富山県を中心とする焼肉チェーン店で発生した食中毒事件の原因菌のO111は、VT2のみを産生している菌であることが判明しています。

腸管出血性大腸菌感染症(病原性)

腸管出血性大腸菌は、出血性大腸炎を引き起こします。
 この菌に汚染された食品の摂取量にもよりますが、潜伏期間は通常3日から5日ほどですが、10日くらい後に発症する例もあり、ほかの食中毒原因菌に比べるととても長いこと特徴です。この長い潜伏期間が、原因菌や原因食品の追及を困難にしています。
 ヒトを発症させるために必要な菌数は50個程度と考えられており、ヒトからヒトへの二次感染が起きやすいのもほんの少数の菌で感染が成立するためであると考えられています。
 感染すると、潜伏期の後、下痢、嘔吐、腹痛など一般の食中毒と区別がつかないような症状で病気が始まります。10%程度の例では、悪寒、発熱さらに上気道感染症状を伴うなど風邪と間違えるような症状で始まることもあります。
 症状が進むと、激しい腹痛をともなう頻回の水様便の後に、血便となってきます。(出血性大腸炎)。初期の血便の血液混入は少量ですが、次第に血液量が増加し、典型例では便成分の少ない血液そのものという状態となります。(All blood and no stool)
 初期症状が現れた人のおおむね10%位の割合で、初発症状発現から数日遅れて溶血性尿毒症症候群(Hemolytic Uremic Syndrome, HUS)が発症します。HUSは、腸管出血性大腸菌が産生するベロ毒素が、腎臓近位尿細管に付着し、毛細血管内皮細胞が血栓形成性に破壊され急性尿細管壊死がおき急性腎不全となります。またこれと並行して、そこを通過する血液中の赤血球が破壊されることで溶血がおき、黄疸貧血が見られるようになります。このような状態が続くと尿毒症になり、けいれんや意識障害などの脳症の症状を呈するようになり、最悪の場合には死に至ります。
 小児・児童や老年者の感染者はHUSに移行しやすく、また重篤になりやすい傾向があります。HUS患者児童の症状は 下痢90%、乏尿74%、発熱71%、血便71%、脳症37%であるという報告があります。HUS を発症した患者の致死率は1 ~5%とされていますが、今回の富山県を中心とする焼肉チェーン店での事件は、重篤患者の死亡率が高いことが特徴で、この要因が菌の摂取量にあるのか菌の毒性にあるのかはこれからの解析を待たなければなりません。
 HUSが発症すると治療は長期間に及ぶことが多く、後遺症としてタンパク尿、高血圧、腎機能障害があり、5%程度に脳障害が残るとされています。
以前は、継発症の一つとして血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)が考えられていましたが、現在はEHECとの関係は否定されています。

腸管出血性大腸菌感染症(沿革)

腸管出血性大腸菌感染症について、まずその歴史的背景を説明します。

 1977年(昭和52年)、カナダのKonowalchukらが、下痢症患者から分離した大腸菌の特性調べるために、培養細胞の一種であるベロ細胞を用いたところ、強烈な細胞毒性を示すことがわかりました。そこで、この大腸菌のもつ細胞毒性を調べたところ、それまで大腸菌が産生する毒素として知られていた毒素原性大腸菌(ETEC)が産生するSTとLTとは全く異なる毒素であることがわかり、この新しい毒素をベロ毒素(VT)と名付け、このベロ毒素を産生する大腸菌をベロ毒素産生大腸菌(VTEC)と名付けました。
 1982年(昭和52年)、米国のO'Brienらが、大腸菌O26の産生する毒素が志賀赤痢菌の産生する毒素と免疫学的に共通であることを発見し、この毒素を志賀毒素様毒素(SLT)と名付けました。
ちょうどこの年、米国において腸管出血性大腸菌O157によるハンバーガー食中毒が発生しました。この食中毒事件の原因菌を精査すると、この菌が産生する毒素は、KonowalchukやO'Brienが報告した毒素と同一のものであることが判明しました。
以上の経緯から、腸管出血性大腸菌(EHEC)として出血性大腸炎の原因菌と考えられていた菌はベロ毒素産生大腸菌(VTEC)と同一であることが判明しました。これ以降、ベロ毒素を産生して出血性大腸炎を起こす大腸菌群を腸管出血性大腸菌と呼ぶことになりました。
 
 我が国では、1984年(昭和59年)に発症した下痢患者から分離された菌が、翌85年に腸管出血性大腸菌であることが確定されたのが、我が国における初めての腸管出血性大腸菌の感染確認例です。その後、1986年(昭和61年)には松山市の乳児院(O111、患者22名、死亡1名)や、1990年(平成2年)、埼玉県の幼稚園(O157、患者319名、死亡2名)などの集団発生事件が発生するようになり、その後も、毎年のように少なからず集団感染や死亡者が発生しています。
 1996年(平成8年)には、岡山県邑久町や大阪府堺市を中心とした大きな集団発生事例が発生し、散発的な発生例を含めて、17,877名の患者と12名の死者が発生しました。同時期に多地域でETEC(O157)食中毒が多発するのは、きわめて異例で、当時大きな社会問題となりました。
 1998年(平成10年)に、富山県の回転すしチェーン店でイクラを原因とする、O157による集団感染事例が発症しました。この事例の原因食材は北海道産のイクラと確認され、同一施設で製造されたイクラを原因として、富山県のほか、東京都、神奈川県など7都府県で患者が発生していることがわかりました。このような広域感染例も、しだいに見受けられるようになりました。
 腸管出血性大腸菌感染症は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で第3類感染症に指定されていて、感染症動向調査で定点観察される感染症となっていて詳しく統計が取られていて、毎年ほぼ4000人前後の感染例が報告されています。



腸管出血性大腸菌感染症(2.腸管病原性大腸菌とは)

腸管病原性大腸菌 (Enteropathogenic Escherichia coli)は、下痢原性大腸菌(Diarrheagenic Escherichia coli)とも呼ばれ、引き起こす急性胃腸炎の病態等により次の6種類に分類されています。それぞれの分類に属する菌のO血清型は、特定のO血清型であることがわかっています。
EPEC Enteropathogenic Escherichia coli (腸管病原性大腸菌、狭義)
ETEC Enterotoxigenic Escherichia coli (毒素原性大腸菌)
EIEC Enteroinvasive Escherichia coli (腸管侵入性大腸菌)
EHEC Enterohemorrhagic Escherichia coli (腸管出血性大腸菌)
EAggEC Enteroaggregative Escherichia coli (腸管凝集付着性大腸菌)
DAEC Diffusely adherent Escherichia coli (均一付着性大腸菌)

EPECは、腸管病原性大腸菌のうちで、ヒトに下痢症を起こしある特定の抗原性を示す大腸菌で、細胞侵入性を示さず、コレラ毒素様毒素であるLT、STを産生しない一連の大腸菌と定義されます。
この菌の最も大きな特徴は、腸管上皮細胞への定着機序にあります。
この菌の持つ定着機序は、attaching and effacing lesion(付着と退縮)と呼ばれる3つのステージからなるもので、細胞表面の一角に丸く集まって接着(局在接着)しているのが特徴です。
下図に示すように、第1ステージで、菌はBFP(束形成性線毛、Bundle forming pilus)によって小腸上皮細胞に定着します。次いで第2ステージでは、菌が定着したことをシグナルとして、腸管上皮細胞の細胞骨格がリン酸化され、微絨毛が変形・退縮します。最後の第3ステージで、細菌の外膜タンパクのintiminを介してより密着して細胞に結合するための杯型の台座(cup-like pedestal)が形成されます。
この菌の主要症状は、非特異的で、下痢(軟性または水様の糞便),発熱,腹痛,悪心,嘔吐など、特徴的なものはありません。潜伏期間は、多くは12~24時間で、治癒期間は、一般的に乳幼児では1週間くらいまで、成人は1~3日くらいがほとんどです。
この菌に属するO血清型は、(55.86.119.125.126.127.128.142.)などです。
腸管病原性大腸菌付着様式(山田歯科医院)

ETECは、 コレラ毒素類似の毒素を産生し、コレラと区別しがたい下痢症状を呈する大腸菌と定義されています。この菌の特徴は、コレラ菌が産生する毒素と類似した2種類の毒素を産生することです。一つは60℃10分で失活するコレラ毒素様毒素で、易熱性毒素(LT: heat-labile enterotoxin)と呼ばれるもので、もう一つは、100℃30分の加熱に耐える、ペプチド性毒素で、耐熱性毒素(ST: heat-stable enterotoxin)と呼ばれるものです。この菌は、LTとSTの両方あるいは一方を産生して、下痢を引き起こします。また、もう一つの特徴は、小腸上部の上皮細胞に対する外膜蛋白の定着因子(CFA:colonization factor antigen)を持つことです。
この菌による症状で最も特徴的なのは、水様性の下痢で、ひどい場合には、大便がコレラ患者のように ‘米のとぎ汁様’になり、脱水症状を引き起こします。そのほか、腹痛・発熱・嘔気といった、非特異的症状も見られます。潜伏期間は、多くの場合12~72時間ほどで、回復期間は、1~3日で回復する場合もありますが、脱水症状が伴うと10日以上も長引く重篤な場合もあります。
この菌が属するO血清型は(6.8.11.15.20.25.27.78.148.159.173.)などです。

EIECは、腸管粘膜に細胞侵入性を示し、腸管上皮細胞の破壊を惹起する、臨床的には赤痢と区別できない症状を呈する大腸菌です。この菌は赤痢菌と共通性の高い大きなプラスミドを保持していて、そのプラスミド上に細胞侵入性のための遺伝子がコードされています。この菌は、赤痢菌と同じように大腸の上皮細胞の中に侵入し、増殖しながら周囲の細胞にも広がり、大腸や直腸に潰瘍性の炎症を引き起こします。この菌による症状で最も特徴的なのは、赤痢のようなタール状の粘血便ないしは膿粘血便の下痢です。また、テネスムス(しぶり腹)と呼ばれる腹痛にも特徴があります。そのほか、発熱・嘔気・嘔吐といった非特異的症状も見られます。潜伏期間は多くの場合3日以内で、回復期間も多くの場合2~3日ほどです。
この菌が属するO血清型は、(28.112.124.136.143.144. 152.164.167)などです。

EHECは、タンパク質合成阻害作用がある志賀毒素様毒素であるベロ毒素を産生し、出血性下痢を起こす大腸菌です。この菌もEPECと同じようなattaching and effacingと呼ばれる定着機序で、腸管粘膜に付着します。
この菌による症状で最も特徴的なのは、出血性大腸炎に伴う鮮血便と呼ばれる下痢で、典型的な場合は“all blood and no stool”と呼ばれるほどの、まるで血液と見まごうばかりの下痢となります。
鮮血便(山田歯科医院) 鮮血便
さらに重篤な場合、溶血性尿毒症症候群(HUS:Hemolytic Uremic Syndrome)を継発し、溶血性貧血(破砕状赤血球)、急性腎不全、血小板減少という症状を呈し、最悪の場合急性脳症となり、死に至ります。
潜伏期間は、一般的に3~5日で、感染後10日以降に発症する場合も見うけられます。また、回復期間は平均8日間ですが、HUSを継発した場合は病期も長く、重篤な後遺症を伴う場合もあります。
この菌が属するO血清型は(26.111.121.157)などです。
腸管出血性大腸菌に関しては、今後詳しく解説します。

EAggECは、菌体が「積みレンガ様」あるいは「蜂の巣様」に上皮細胞や培養容器にバイオフィルムを形成して接着凝集する性質がある大腸菌です。
この菌は、凝集性定着線毛(AAF/1)によって、腸管粘膜に定着し、ETECとは別の種類の耐熱性毒素を産生します。
この菌による症状は、EPECの症状に類似していますが、粘液を含む水様性の下痢便や、ときには血液が混った緑色を呈することもあります。最も特徴的なことは、乳幼児や免疫力が低下している場合は下痢の症状が長くなる傾向があり、2週間以上も続く遷延性の下痢を起こす場合があります。
また、エイズを発症した患者の下痢から検出されることもあります。
潜伏期間は、一般的に7時間~2日程度で、回復期間は3~7日程度とされています。
この菌が属するO血清型は(3.15.44.86.127.)などです。

DAECは、最近EPECから分かれて分類されたグループで、腸管細胞全体に均一に付着する様式を示す大腸菌です。EPECに分類することが適当であるという考えもありますが、EPECとは異なる定着様式をとることから、別のグループとすべきであるという考えから、DAECという新しいグループができたものです。この菌には、細胞侵入性はなく、付着因子として2種類のAdhesinが確認されています。
乳幼児の下痢症に多くに、この菌の感染が見受けられるますが、原因ははっきりしていません。
この菌が属するO血清型には、O126:H27があるといわれていますが、詳しくは今後の研究を待たなければなりません。

各種類の下痢の性状写真は以下のサイトを参照してください。
http://www.srl.info/srlinfo/infection/diarrhea/diarrhea.pdf

各種類の腸管病原性大腸菌が、腸管上皮細胞に付着する様式は、模式化すると下図のようになります。
腸管病原性大腸菌細胞付着様式(山田歯科医院)

腸管出血性大腸菌感染症(1.大腸菌とは)

大腸菌( Escherichia coli)は、大きさはおよそ0.5μmx3.0μmの、芽胞を持たないが周毛性鞭毛を持つ通性嫌気性グラム陰性桿菌です。
大腸菌(山田歯科医院)
大腸菌は、菌体の表層に持つ構造物(抗原)に対する血清型の組み合わせで分類します。
O抗原は細菌細胞壁のリポ多糖(LPS)で、菌体抗原とも呼ばれ173種類以上確認されています。
K抗原は菌体表層の莢膜で103種類以上、H抗原は菌体周囲の鞭毛で56種類以上確認されています。
例えば、腸管出血性大腸菌の中でも最も有名なO157は、この3種類の血清型の組み合わせで表記すると
O157:H7:K9 と表記されます。
血清型の数字は、発見された順番を表すもので、数字自体には意味はありません。
菌の性質は、菌体抗原であるO抗原で決まることが多いので、多くの場合O抗原分類のみで菌の表記を行います。
O157やO111のように病気を引き起こす大腸菌は特定の血清型を有することがわかっています。

大腸菌は、通常はヒトを含めほとんどの動物の腸管に常在している菌で、この常在している菌はその動物に対しては通常無害です。大腸菌は常在菌ですから糞便中にも排出されます。そのため、大腸菌は環境汚染の指標として用いられていて、水道水プール海水浴場の汚染の基準となっています。

大腸菌が引き起こす感染症は、大きく二つに分類されます。
一つ目は、非腸管系大腸菌感染症です。
最も多いのは、大腸菌による尿路感染症です。以前は、腸管に常在する菌が誤って尿路に感染して引き起こされる異所性感染と考えられていましたが、特定のO抗原型をもつ尿路病原性大腸菌が感染して引き起こされると考えられるようになっています。上部尿路系に感染すると腎盂腎炎を起こすこともあります。
大腸菌が血管系に感染すると、敗血症をおこし、髄膜炎に至ることもあります。

二つ目は、現在問題となっている腸管系大腸菌感染症です。
急性腸炎(病原大腸菌食中毒)を引き起こす大腸菌を総称して“広義の”腸管病原性大腸菌といいます。
腸管病原性大腸菌は、菌の性状・病気の様態・下痢の状態などによって、大きく次の6種類に分類されています。
EPEC Enteropathogenic Escherichia coli(腸管病原性大腸菌、狭義)
ETEC Enterotoxigenic Escherichia coli(毒素原性大腸菌)
EIEC Enteroinvasive Escherichia coli(腸管侵入性大腸菌)
EHEC Enterohemorrhagic Escherichia coli(腸管出血性大腸菌)
EAggEC Enteroaggregative Escherichia coli(腸管凝集付着性大腸菌)
DAEC Diffusely adherent Escherichia coli(均一付着性大腸菌)

これらについては、次回に詳述しますが、次の総説に詳しく記載されています。
Diarrheagenic Escherichia coli
JAMES P. NATARO and JAMES B. KAPER
CLINICAL MICROBIOLOGY REVIEWS, Jan.1998, p142–201

腸管出血性大腸菌感染症

富山県をはじめとする焼肉チェーン店で発生した、腸管出血性大腸菌O-111による集団食中毒では、本日現在100名を超える方が発症し、4名の方が亡くなっています。
平成8年に大阪府や岡山県で発生した腸管出血性大腸菌O-157による大規模な集団食中毒の教訓が風化しつつあることが危惧されていた矢先に発生した今回の事件は、大学で腸管出血性大腸菌の講義を担当しているものとして、その無力さを感じざるを得ません。

そこで、これから以下の項目に分けて、腸管出血性大腸菌感染症についての解説をしたいと思います。
1.大腸菌とは
2.腸管病原性大腸菌とは
3.腸管出血性大腸菌感染症
  沿革
  病原性
  病原因子
  患者発生動向
  食品汚染状況
  予防法

(今回のシリーズでは、簡便のため専門用語は フリー百科事典ウィキペディア日本語版にリンクさせてあります。)

「スーパー細菌」(4)

ほとんどすべての抗生物質に耐性を示す、「NDM-1」という遺伝子を持っている菌が、日本国内で検出されていたことが明らかになりました
この「NDM-1」と名付けられた遺伝子は、プラスミド上にコードされているため、容易に他の菌にその形質が転移される可能性があります。
今回、獨協医科大学で検出された菌の保菌者は、昨年5月に同病院に入院していることから、この1年4か月の間に、原病原菌から他の菌へこのプラスミドが転移している可能性が、十分に考えられます。
すなわち、「NDM-1」遺伝子を持つ細菌は一種類ではないということです。

我が国は、この新たな耐性病原菌の脅威に、直面しなければならない状況に陥ってしまいました。
幸いなことに、この患者さんはすでに回復して、退院しています。
この患者さんに対する5ヶ月間の治療経過は、今後の対応に大いなる示唆をもたらすことでしょう。

「スーパー細菌」(3)

ほとんどの抗生物質が効かない「スーパー細菌」が欧米などで報告されている問題で、WHOは8月20日、院内感染予防策の強化、抗生物質の適切な使用などの対策を講じるように、各国に対して勧告しました

抗生物質の安易な使用が耐性菌の発生につながることから、この勧告の中で、WHOは各国政府が次の4項目の事項に特に努力するように呼びかけています。
1.抗菌薬耐性の監視する。
2.抗生物質は合理的に使用する。これには医療従事者や一般大衆に対しての、抗生物質の適切な使用に関する教育を含みます。
3.処方箋なしで抗生物質を販売することを止めさせることに関する法律を導入する。
4.特に医療機関では、手洗いのような感染予防措置を厳密に守る。

「スーパー細菌」(2)

多くの抗生物質に耐性を示す新種の「スーパー細菌」に感染した患者が欧州を中心に報告された問題を受け、厚生労働省は18日に、都道府県などに対し、国内での発生に備えて医療機関に情報を提供しておくよう注意喚起しました。
同省によると、いまのところ国内で感染例は確認されていません。
もし、医療機関で患者が見つかった場合は他の患者にうつらないよう対処し、症状のない場合は消失するのを待ち、症状がある場合は有効な抗菌薬を使用するなど積極的な治療を求めています。
また、海外渡航歴などを聞き、国立感染症研究所へ情報提供するよう要請しています。

厚生労働省は抗菌薬使用などの積極的な治療を求めていますが、いまのところNDM-1遺伝子を持つ細菌はコリスチンとTigecyclineにしか感受性がありません。しかしながら、わが国で承認されているコリスチン製剤は、大腸菌や赤痢菌による感染性腸炎に対する薬のみで、重篤な全身性感染に対するコリスチン製剤の承認はありません。

「スーパー細菌」

8月11日発売の「The Lancet Infectious Diseases」電子版に、ほとんどの抗生物質に耐性を示す遺伝子を持つ細菌の報告があり、マスメディアはこれを“「スーパー細菌」欧米で感染急増”と報じています。

「Emergence of a new antibiotic resistance mechanism in India, Pakistan, and the UK: a molecular, biological, and epidemiological study」
The Lancet Infectious Diseases, Early Online Publication,11 August 2010
http://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(10)70143-2/abstract

「スーパー細菌」と呼ばれる細菌は、「NDM-1」という遺伝子を持っています。この「NDM-1」と名付けられた遺伝子は、カルバペネム系抗生物質に耐性を示す新しい遺伝子で、この遺伝子を持つ細菌は、ほとんどすべての抗生物質に対して耐性を示します。
この遺伝子はプラスミド上にコードされているため、容易に別の細菌に耐性遺伝子が伝播する恐れがあります。その結果、多くの病原細菌が、多くの抗生物質に耐性を示す結果になることが考えられます。
「NDM-1」遺伝子をコードしたプラスミドを持つ菌が世界中に広まる可能性があることは明らかでこれは大変な脅威です。そのため、国際的な連携での監視を強化し、さらには新薬を開発が必要であると、論文では結論付けています。